変革が進むイベントプロモーション領域は、ブランドと生活者をつなぐ貴重なリアルの場でありながら、“点”ではなく“線”として捉える時代へと移行しています。「何をやるか」ではなく、「どう態度変容を起こすか」が問われる今、リアルとデジタルを掛け合わせた“体験設計”が、ブランド価値を届けるカギとなっています。来場者の関心度や動線をAIで可視化し、SNSや売り場と連携させながら、ブランドの体験価値をどう設計するのか。企画・制作の現場で起きている変化と博報堂プロダクツのアプローチを、長年イベントプロモーションに携わってきた3名の言葉でひもときます。
- 量から質へ。データを使いこなし、いかに全体設計ができるかが鍵
- “界隈”の登場でより的確な戦略が必要に
- “参加”から“体験”するイベントコミュニケーションへ
- MICEやサステナビリティなど、多様なニーズに応えるために
- プロフィール
量から質へ。データを使いこなし、いかに全体設計ができるかが鍵
───ここ数年のイベント業界について、どのような変化を実感していますか。
奥本:最大の転換点は、やはりコロナ禍ですね。イベントといえばリアルで実施する概念が一気に変わりオンラインが主流となりました。今では、リアル開催が戻ってきましたが、オンラインを融合させたハイブリッド開催という選択肢も残っていますね。
井上:イベントがオンライン化していくことで、来場者・視聴者の行動パターンといったデータの取得が可能になりました。以前は、データ取得といえば来場者数と会場で実施したアンケート結果が主流でした。今では多くのデータがイベントでも収集することができるので最後の効果測定としてだけでなく、計画時の目標値(KPI)の設定にも生かすことが可能となりました。
そのような背景もあり、ここ最近ではイベントの成果として、“質”の成果も求められることも多くなってきた気がします。これまでは、「展示会に何名が来場したか」といった定量的な部分が主な指標でしたが、現在は「その商品が欲しくなったか」や「その後、どれだけ店舗誘導できたのか」、さらには「実際に購入したか」といったイベント後の態度変容の変化を促すような体験を提供できるイベント設計も求められるようになりました。
吉田:従来、イベントは全体のコミュニケーションの中の一つとして、多くの人に認知してもらうことが最も重視される傾向にありました。ですが、今ではこれまでの来場データなどを元に、イベント後の送客まで考えたプランニングがより重要になってきています。
そのような流れの中で、「毎年やっているから、今年もやる」ではなく、「費用対効果は?」「そもそも、イベントの目的は?」など、前提部分からご相談いただくケースも増えていますね。
───リアルイベントでは、どのようなデータを取得の方法がありますか。
奥本:当社では、リアルイベント来場者のデータを取得・分析する「イベスコ 」というソリューションを提供しています。
これによって、例えば来店した人の多くはAを見た後にBを見る傾向があると分かれば、次の展示会では、AとBを近くに配置することで前回以上の成果が上がるかもしれません。また、イベント以外のプロモーションや実店舗にも生かすことも可能ですし、来場者データをもとに出展展示会ごとのマッチ度もつかむこともできるので、次の出展に向けた判断材料にも活用することができます。
井上:テクノロジーの進化によって、スタッフの肌感覚ではなく、より正確にデータを取得できるようになったのは大きいですよね。クライアントからも、「こんなデータも取れないか?」「今回の効果はどうだったのか?」など、当社のデータ取得や分析への期待が高まっているように感じます。
“界隈”の登場でより的確な戦略が必要に
───来場者に関しては、どのような傾向がありますか?
奥本:最近では、Z世代を中心にSNSを起点とした緩いつながりの「界隈」といった言葉も生まれてきていますが、その影響なのか、好きなジャンルのイベントにはより人が集まるようになっていますし、一方で少しでも興味があれば参加する、といった層も多くなってきたように思います。しかも、その「界隈」来場者は熱量高くイベントに参加する傾向があるので、運営する我々もそういった「界隈」来場者も意識したイベント運営やコンテンツ制作を心がけています。
吉田:これまで以上に「どこでやるか」といった場所設定も重要にもなってきているように感じます。たとえばこれまでポップアップイベントを実施する場合、会場選定時は“ハイセンスな人が集まる場所と言えば六本木”、“若者がターゲットなら渋谷”みたいに少し画一的な側面もあったのですが、今はそうではありません。界隈での来場者に対してもきちんと来場目的・コミュニケーションを伝えるためにも、クライアントが表現したい世界観や製品・サービスのブランドイメージなど細かく考えた上で、「渋谷の中でもここ」のように開催場所を細かく選定することが多くなってきています。そのため我々も、ロケハンだけでなく過去のイベント会場の実績を社内でシェアをしていくことで、多くのイベント会場の詳細なデータを蓄積し実務に生かしています。
井上:リアルイベントにSNSのコミュニケーションはセットで考えていくようになりましたね。SNSの普及により来場した人を介してイベントの魅力や目的を伝えることも可能になりました。特に「界隈」での来場者はよりその傾向が強いので、SNSも含めたイベントプロモーションの相談も増えていますね。
“参加”から“体験”するイベントコミュニケーションへ
───こうしたトレンドがある中、イベントのプランニングで意識していることはなんですか?
奥本:欠かせないのは、すべてのイベントに“体験”を組み込むことです。どんな商品やサービスも、体験してもらわないことには、他との違いや価値は分かってもらえませんから。我々が「エクスペリエンス・プロデューサー」や「エクスペリエンス・プランナー」という肩書をもっていることもその背景が大きくあります。イベントの設計だけでなく、感動体験を創出するための体験シナリオから考える。これが、大きな特長だと思いますね。
吉田:最近ではポップアップイベントや体験型施設・イベントの相談も増えていますが、その中でクライアントから「ただ商品やサービスを体験してもらうのではなく、その背景にあるブランド・ストーリーも体験してほしい」という要望を頂くことが多くなってきました。たとえば、スマートフォンの新機種を置いてタッチ&トライをしてもらうだけでなく、その商品のブランドや開発背景、ストーリー、また企業ブランドについても理解を深めてもらいファンになってもらうところまでをイベントの目標設定に置くことも多くなってきました。こうしたブランド体験は、その後の購入の後押しにつなげていくために欠かせないポイントになっています。
MICEやサステナビリティなど、多様なニーズに応えるために
───今後のイベント業界において、どんなニーズが増えてきそうですか?
奥本:海外の展示会に出展する際のご相談も増えていますし、業界全体ではMICE誘致を目的としたイベントにも注目が高まっているので、そこは常に社内でも情報交換をしつつ積極的にかかわっていきたいと考えていますね。
吉田:あとは、企業が社員に向けて行うインナーイベントでしょうか。たとえば、周年イベントや表彰、研修旅行など、リモートワークの普及によって希薄化した社内コミュニケーションの活性化を目的としたイベントのニーズはさらに増えていくと思います。一時は内製で実施される企業も多くありましたが、「やはりプロに任せたい」と頼っていただくことが増えました。
井上:また、外資企業を筆頭に、イベントでも「サステナビリティ」が重視されはじめています。当社でも、イベントの制作工程から廃棄までの全工程におけるCO2排出量や、リサイクル率を算出するソリューション「SUSTAINABLE ENGINE CARBON SIMULATOR 」を活用しながら、環境配慮型のイベント設計に積極的に携わって知見をためています。
奥本:今後のイベントでより求められるのは、イベントをハブにしたセールスプロモーション全体を見渡したプランニングだと思っています。これまでのイベントというと、話題性や施策をフックにした打ち上げ花火的な役割が重視されかちでした。これからは、イベント起点で考えるだけではなく、イベントをハブとし、SNSや他の施策も含めた全体設計をデータ活用しながら、いかに数値的な目標成果も達成させるのか。我々もそこはシビアに考えながら、これからもクライアントの課題解決をイベントというコミュニケーションを通じて支援していきたいと考えています。
プロフィール
- 井上 裕介
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2011年博報堂プロダクツ入社。企業イベントや展示会を中心に、ショールーム、PR施設などブランド体験の企画・制作・実施に携わる。自動車、通信、IT、医療、食品、飲料、商業施設など、幅広い業界の大手企業をクライアントに、単なるイベント/空間演出に留まらない、心を動かす体験を幅広くプロデュース。
- 奥本 聡
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2006年博報堂プロダクツ入社。イベント・スペースプロモーション事業本部本部長補佐。これまで自動車、嗜好品、住宅設備や飲料、スポーツメーカーなど多岐にわたるクライアントのイベント制作を担当し、国内外の大型展示会からPR発表会、セールスプロモーションイベントにおける企画、運営、演出、施工管理まで幅広くプロデュース。
- 吉田 圭一
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2008年博報堂プロダクツ入社。入社以降、大手通信メーカー、国内自動車メーカーを中心に担当。展示会や店舗、PR施設といった企業のブランド体験の場から、周年イベントや表彰、アワードといったインナーイベントまで幅広い領域で“体験”をプロデュース。