DXという言葉がバズワードとなり、今や浸透しつつある昨今、「ツール導入にとどまらない、真のDX」が求められている。しかし、各社のプロダクト・システムに沿った本質的なDXに取り組めている企業はまだまだ多くはない。実際、DX推進をしても上層部と現場の足並みがそろわないケースも散見される。こうした状況を打破し、企業に則した本質的なDXを推進するには、何が必要なのだろうか。本記事では博報堂プロダクツのテクニカルディレクターである溝井氏に、「これからのDX」のヒントをうかがった。
テクニカル領域を理解し、DXを推進
──今回は、「これからのDX」について伺っていきます。まず自己紹介をお願いします。
溝井:2016年に博報堂プロダクツに入社し、Webディレクター職として働いていました。当時はVR元年と呼ばれ、VRコンテンツの開発の制作進行を経験しました。その後、MRコンテンツを活用した自社プロジェクトに参画するなど、XR領域を行いながら、Webサイトやアプリケーション、映像の制作進行など、多岐にわたる案件に関わらせていただいています。
──現在は、テクニカルディレクターというお立場ですが、そのミッションをお聞かせください。
溝井:弊社内でテクニカルディレクション領域の重要性が高まると同時に、その課題に向き合うチームとして2021年に立ち上がりました。DXの案件を進める上で、テクニカル領域を理解した上での制作進行を求められる機会が増えているので、そこで活躍できるスタッフを増やすことがミッションとして与えられています。
日本企業が抱えるDXの課題
──「DX」という言葉が広まってしばらく経ちますが、今の日本の企業が抱えるDXの課題について、溝井さんの視点からうかがえますか。
溝井:クライアントと向き合う中でよくあることの1つ目は、「なんとなくやりたいこと」ベースで進めてしまって、本質を捉えきれていないケースです。
たとえば、最近ですと「メタバース」という言葉が広まっていますが、「メタバースがすごいから、とりあえずやろう」とプロジェクトが始まるケースも少なくありません。実際にクライアントからは「トップダウンでメタバースを推進するように言われたので実施してみたが、うまくいかない」というお話も聞きます。このように、メタバースのメリットの本質を捉えずに実施してしまう企業は少なくありません。
──2つ目はどういった課題なのでしょうか。
溝井:デジタルが身近になってきた分、デジタルリテラシーの格差がかなり広がってきています。
先ほどの例で言うと「メタバースがすごいから、やろう」という話から、それ以上精査されることなく、そのまま実制作チームへと渡されることも少なくありません。すると「何をやるか」を実制作側が提案していくことになります。実制作側であるエンジニアは、「これはできる、これはできない」といった細かい視点で判断していきます。そういった実装の可不可の細かい話を一気に上に報告していくと、リテラシーの格差からハレーションが起きてしまっていることが多いです。
この2点が、今日本が抱えているDXの課題だと感じています。
「DX化の壁」の要因は、リテラシーの二極化と○○不足
──「DX化の壁」に潜む根本的な要因はどこにあるのでしょうか。
溝井:経営層などのプロジェクトにおける上流と現場のリテラシーの二極化と、その間をつなぐ人材の不足だと思います。
DXやデジタルはあくまで手段でしかなく、目的が大事なはずですが、中にはDXを目的としてプロジェクトに取り組もうとする企業の決裁者もいらっしゃいます。一方で、比較的リテラシーのある現場層が「上の人たちに何を言っても伝わらないから」と諦めてしまうと、プロジェクト内でリテラシーの二極化は加速するばかりです。
とはいえ決定権を持つ方に対して、伝えるべき情報が何なのか、見極めるのが難しい。二極化の間を適切に取り次いで、精緻な進行ができる人材が少ないことが、要因の一つだと思います。
──つまり、中間で整理・橋渡しをする立場がすっぽり抜けてしまっている、ということでしょうか。
溝井:おっしゃる通りです。なので、そこがこの会社におけるテクニカルディレクターの入るべき余地だと思っています。決定権層に対してどの粒度で情報を提供するか。また実制作サイドに降りてくるまでに、プロジェクトの目的をかみ砕いた上で、「どうしてそれをやるのか」を納得した上で、実制作チームと具体的に実装をどのように行うか検討する役割が必要です。こういった思考プロセスを踏んでいけば、本来の目的を見失わず地に足のついたプロジェクトとして、DXを進行できます。
デジタルやシステムについて、プロジェクトを通して伴走
──組織についておうかがいします。デジタルプロモーション事業本部は、博報堂プロダクツ内でどのような役割を担っているのでしょうか。
溝井:「デジタルやシステムが絡むとよくわからない」というスタッフに対し、歩幅を合わせながら、プロジェクトのローンチに向けて一緒に伴走していく役割を担っています。要件定義から実際の制作進行までトータルで見ていくことが主な業務の内容ですね。
「デジタルがわからない」という方は社外にもいらっしゃいます。そういった方に対して「デジタルは特別なものじゃない」とどれだけうまく伝えられるかが、デジタルプロモーション事業本部に求められていることの一つのように思います。
そのためには、その方がデジタルの仔細をどこまで理解している必要があるのか、意思決定するためにどんな情報が必要なのかを、僕らが把握して提供することが重要です。
──先ほどの企業が抱えるDXの課題を踏まえ、デジタルプロモーション事業本部が目指すDXはどういったものなのでしょうか。
溝井:僕たちのモチベーションは「DXをやりたい」というところとは少し違うと思っています。僕らがサポートする相手が、何をやりたいのか。そもそもそれはDXで解決されるべきなのか。そうであればDXでどう解決していくか。DXが先にあるのではなく、このプロセスが大事だと考えています。どのメンバーも「プロセスが正しく腹落ちできるものになっているかどうか」を常に意識しながら案件に臨んでいると思います。
意思決定を行う上で必要な、テクニカルな情報を翻訳
──「テクニカルディレクター」とは、どういった職種だとお考えですか。
溝井:僕らの部署が担うテクニカルディレクターの役割は、これまでよく言われていたシステム領域のテクニカルディレクターとは少し違うように思います。
僕らデジタルプロモーション事業本部におけるテクニカルディレクターは、クライアントと直接対峙する機会が多く、プロジェクトの上流工程を捌く必要があるため、主はデジタル領域が関連する案件の中で人々のハブになる職種だと考えています。意思決定する上で必要な情報を適宜渡していく、いわば翻訳家のような存在です。
──具体的にはどのようなことを行っているのでしょうか。
溝井:プロジェクトマネジメントが主な業務です。具体的には、スケジュールの進行や必要なスタッフの整理や、要件定義を主軸にプロジェクトマネジメントを進行しています。その上でやりたい演出などを、どのように実装すればできるかなどを考えながら、エンジニアと相談して入れていくこともあります。
ただ、メンバーによってスタイルが異なります。個性がすごく尊重される部署なので、ある程度自由度を持って動けます。そしてメンバー同士でお互いをうまく補いながら、一生懸命やっています。
──プロジェクトを進行する上で溝井さんが気を付けていることを教えてください。
溝井:やはり相手に対して正しく必要な情報を伝えられているかどうかです。また実制作チームとクライアントの間に立っていると、どうしても実制作の比重が重くなりがちなんですね。スケジュールや実現性を優先して物事を判断しがちですが、「本当にこの案件でそれをやるべきなのか」という本質に立ち返るように意識しています。
テクニカルディレクターとして、活躍できる幅を広げたい
──御社のテクニカルディレクターの特徴の一つが「作れるデジプロ」というスローガンに表れていると思います。「作れるデジプロ」で目指す世界観を教えてください。
溝井:これは社内向けに掲げたテーマです。エンジニアチームができ実装力が高まっている中、最近は学生時代にモノ作りをしてきたバックグラウンドを持つメンバーが入社しています。「作る力」自体はあるので、僕たちがどう協業していくかが鍵です。
以前までは外部パートナーにお願いすることが多かったのですが、実装の詳細まで目が届くことで、実施の経験値を解像度高く社内に蓄積できます。なので「作れるデジプロ」とテーマを掲げることで内製での実施を推進しています。
──実際に内製化に取り組んで、変化を感じますか?
溝井:社外に依頼する場合、僕たちが対峙するのはエンジニアではなく、その上にいるディレクターまでなんですよね。社内だとエンジニアと密にやり取りができ、直に具体的な相談ができる点が大きいです。また、作っているものの中身を把握しているメンバーが近くいることは、僕たちにとってもありがたい。安心感とスピード感という意味でも変化はあったと思います。
──最後に、今後の展望についてお聞かせください。
溝井:テクニカルディレクターは、まだ母数が少なく、DXに取り組む中で求められ始めた段階です。なので会社によって様々な捉え方があります。開発畑の人が多い中で、今後は総合制作事業会社としてのテクニカルディレクターのアウトラインを作っていきたいです。また様々な立場の人がテクニカルディレクターの活用どころを理解し「この案件だったらテクニカルディレクターに相談すればいいんだ」とイメージを持ってもらえたらと思っています。
最後に、僕個人としては提案・制作の中に個性をさらに織り交ぜていくことが目標です。そのために、様々な演出手法のインプットとともに、自分のやりたいことを言語化する力を磨いていきたいと考えています。
※MarkeZine 博報堂プロダクツのプロフェッショナルたち(PR)より転載
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