近年、生活者の購買行動はオンライン/オフラインを問わず、ますます多様化・複雑化をしています。また、飛躍的な性能向上で導入が進むAIをはじめ、テクノロジーも目まぐるしいスピードで進化を続けています。そうした中で、コマースマーケティングに日々向きあっているその担当者は、顧客データをどのように活用していくべきなのでしょうか。
本記事では、市場の傾向や変化と、そこに立ちはだかる課題、成長のために欠かせないポイントなどについて、コマーステクノロジー事業本部の鈴木 恭平に話を伺いました。

- コマースマーケティングが直面している現状とシームレス化・多様化する生活者の購買行動
- 企業と担当者が直面するコマース領域の課題とは
- データ活用には担当者の「肌感」が不可欠になる
- 顧客を育てる取り組みに必要な3つの視点
- 課題解決に伴走する「全方位」と「クリエイティブ」
- プロフィール
コマースマーケティングが直面している現状とシームレス化・多様化する生活者の購買行動
―――近年の「生活者の購買行動」の特徴にはどのようなものがありますか。
特にコロナ禍での巣ごもり需要が増加した5年ほど前から、大きく変化しています。一つ目の特徴が「シームレス化」です。SNSから商品を直接購入できるようになったり、動画配信サービスに広告付きプランが登場したりと、情報を得るチャネルが増えました。その結果、例えば「スマートフォンで情報を調べ、店に行って商品を確認し、価格比較サイトを見て、ポイント還元のあるECサイトで買う」などのように、オンラインとオフラインを切れ目なく行き来して買い物をすることが一般的になっています。
そしてもう一つの特徴が「決済手段の増加」です。以前は現金またはクレジットカードが主流でしたが、今はさまざまな手段があります。これにより、買い物の利便性が高まり、購買行動も多様化しました。
こうした中で、レコメンドや口コミを重視する人が増えているのも特徴だと言えます。いかに便利に、失敗せずに買い物をするかという “理性的な行動” が顕著になり、購入者の生の声を参考にしながら、比較検討する姿勢がより強まってきました。一方で、その反動として “リアル体験の価値” にも再び注目が集まっています。“情緒的な行動” を刺激するポップアップイベントなどの需要が高まり、オンラインとオフラインの行動特性が際立ってきているのが現在の状況です。

―――利便性が高いからといって、オンラインに偏るわけではないのですね。
そうですね。オンライン購買の利便性は確かに高まっていますが、それだけでは生活者の行動を動かしきれなくなってきていると感じています。加えて、オンライン施策の中心であるデータ活用の領域でも、既存顧客へのアプローチが一巡し、効果に頭打ち感が生まれているケースも見受けられます。
こうした背景から、「では次にどう新しい接点をつくるのか」という問いが企業側に生まれています。その答えの一つとして、人が集まる場所へ出向き、リアルの場で
・ブランドの認知度や理解度を高める
・試食・試乗など “お試し” の機会をつくる
・そのまま顧客獲得につなげる
といったリアルならではの役割が、改めて価値を持つようになってきました。
例えば、高価格帯の飲料のように “おいしい” という体験価値が強く印象づけられる商品は、イベントとの相性が非常に良い領域です。他にも、日用品、アパレル、IT機器など幅広い商材でイベント施策が活発化しており、オンラインとリアルを掛け合わせた接点づくりが広がりを見せています。
―――リアルな接点の重要性が高まる一方でAIなどの最新技術は、コマースマーケティングにどのような影響をもたらしているのでしょうか。
コマース領域におけるAIの活用や精度はかなり上がってきており、導入・活用がさまざまな分野で進んでいます。需要予測、店内行動の分析、パーソナライズ、顧客分析、レコメンド、クリエイティブ表現の作成など、個々の顧客に対する精密なアプローチと、その効果測定が可能になってきました。
ただ、AIを効果的に活用できている企業はまだ一部に限られている状況です。その背景には技術面、人材面、そしてプライバシー配慮の3つのハードルがあると考えています。例えば、技術的には店内のカメラで個人を特定することも可能になってきてはいますが、個人情報をどこまで取得してよいのかは難しい問題です。そうしたケースでも、個人を特定しない形で、棚の前を通過した人、商品に触れた人、実際に購入した人などを数値化し、シミュレーションに活かす方法はありますので、別の手段はないか検討してみるのもよいでしょう。
企業と担当者が直面するコマース領域の課題とは
―――そうした状況の中、企業側が直面している課題は何ですか?
生活者の購買行動が多様化したことで、マーケティングの全領域を担当者一人でカバーするのが困難になっていることです。忙しくて手が回らず、PDCAをうまく回せないケースも多いです。そのため、当社のような外部をいかに活用するかが課題解決のカギとなっています。ただし、すべてを外部に委ねるというよりも、担当者にしか分からない現場感や課題意識を共有しながら一緒に考え、動いていける専門チームと出会えるかが重要で、いわば共同プロジェクトとして取り組んでいく形が理想です。
また、顧客一人ひとりの行動データ自体は以前に比べて取得できる幅が広がっています。しかし、そのデータをビジネスに活かせる形で扱えているかという点では、企業ごとの差が広がりつつあるのが実情です。
その背景の一つが、システムがチャネルや部署ごとに縦割りになっていたり、同一ユーザーであってもIDが統合できていなかったりする状況です。こうしたケースでは、せっかくデータが取れていても、顧客増を一貫して捉えることが難しくなってしまいます。システム統合には経営判断とIT投資、さらに、それらをまとめ上げて実現していく人材が必要で、短期間で解決できる課題ではありません。
さらに、十分な投資を行いデータ基盤が整っていたとしても、それらをうまく使いこなせていない、あるいは何をすればよいか分からないというケースも見られます。
現場の人手不足など、さまざまな制約がある中で、目的や優先度をいかに設定し、マーケティング活動をドライブしていくかが問われています。その際には、「こうしたい」というアイデアや想いを起点に、現実的な施策へと一緒に落とし込んでいくプロセスが欠かせません。

―――課題解決のために、今、マーケターや組織全体に求められる考え方とは?
まず、マーケターはデータの本質を理解すること、「データリテラシーの向上」です。例えば、データを定点観測していると、来店率がおおよそ何%程度なのかなど、いろんな数値が感覚的に把握できるようになってくることがありますよね。変化をキャッチし、ナレッジ化することを習慣付けるのが重要です。また、AIなどのテクノロジーは今後も進化を続けていきますから、常に情報をキャッチアップしていく姿勢も必要でしょう。
加えて、こうしたデータ活用を前提に、社内を横断的に動き、戦略を実現していく力も求められます。マーケティング部署だけで完結できることは少なくなってきていて、営業、商品部、EC、企画、ITなど立場や役割の異なる部署と役割を越えて連携しながら、戦略を実行していくことが不可欠です。
マーケターの真の役割は、データを活用するだけでなく、考え、行動を起こし、組織を前に進めていくことにあります。そのためにも、社内の合意形成を図るべく、データに基づいて目的やメリットなどを説得力ある形で語れるスキルが必要です。この点でも、先ほどのデータリテラシーが活きてくるでしょう。
できればマーケターが中心となり、社内全体のデータリテラシーを底上げしていけると、データの意味合いや活用方法が共通言語となり、組織としての取り組みの効果もより高まるはずです。
データ活用には担当者の「肌感」が不可欠になる
―――マーケターの役割が広がったぶん、求められることも増えたのですね。
役割が増えたというより、考える範囲が広がった、という感覚が近いかもしれません。以前に比べると顧客データを取得できる範囲が広がり、活用の選択肢も増えてきました。その結果、顧客理解の解像度は大幅に上がっています。そこから満足度の向上や最適な商品の提案など、より精度の高いパーソナライズにつなげていくことで成長の道筋は見えてくるはずです。
ただし、データだけに頼りすぎるのではなく、生活者のリアルな反応も含めて多面的に見ることが求められています。精度が上がったとはいえ、AIでは人間の感情や体験価値までは代替できません。そこで大切になってくるのが、お試しや購入の際に人がどう感じたかという一次情報、いうなれば「肌感」のようなものです。
肌感は生活者だけでなく、日々現場に向き合っているクライアント担当者の実感も含めて、ていねいに汲み取っていくことに意味があります。そうした定性的な情報を共有しながら進めることで、データの裏付けや背景がイメージできるようになっていきます。
マーケティングは「過去のデータをもとにした発想」といえます。的確な戦略があれば狙いを大きく外すことはありませんが、人間は感性で動く生き物ですから、すべてに通用するというものでもありません。ある日、急に数値が跳ね上がるような、説明のつきにくい成長を手に入れるためには、担当者独自の「肌感」に加えて、「データ活用×新しい発想」のように、未来へ向けてプラスアルファをしていくクリエイティブ的な思考が、これからは必要となると考えています。

―――「肌感」を養うにはどうすればよいのでしょう?
マーケターである前に私も生活者の一人。ですので、いくつかのスーパーを覗いて回ったり、気になる商品は実際に試してみたり。アパレルショップやカフェを巡ったり、さまざまなアプリを使ってみたり・・・。“普通の生活者と同じような行動”をすることが必要だと言えるでしょう。地道ではありますが、現場に足を運んだからこそ、分かることも多い。このような体験を積み重ねていくことで、「肌感」が養われると感じています。
顧客を育てる取り組みに必要な3つの視点
―――ファン作りやロイヤリティ向上など「顧客を育てる取り組み」は、どのような視点から戦略設計すればよいですか?
大きく分けると3つの視点があると捉えています。
一つ目は、顧客理解を深めることです。「そのお客様はどのような人なのか?」という解像度を上げ、定番のRFM(Recency=最新購買日、Frequency=購買頻度、Monetary=購買金額)なども用いながら、「常に買っている人と、しばらく買っていない人の違い」などを切り分けていきます。もちろん当社でも分析のお手伝いをしますが、ペルソナやセグメントの理解にはご担当者の方の考えが起点となります。
二つ目は、カスタマージャーニーを細かく掘り下げることです。例えば、ゴールドカードの申し込みまでにたどるルートを考える時、「ステータスを手に入れたい」「空港でラウンジ特典を毎回利用したい」といった本音があったとしても、そうした想いを表立っていう人は少ないです。そこで、実際に生の声を聞いたり、自分で体験してどう感じたかを反映させたりしながら、行動の背景にある感情まで含めてデータ理解を深めることが必要です。
そして三つ目が、体験価値を通じて関係性を深めていく視点です。口コミや紹介による購入ではロイヤリティが高まりやすい傾向にありますが、そのトリガーとなっているのは、購入に伴う「驚き」や「感動」です。それを実現するためには、企画段階での工夫が必要だけでなく、商品の本質的価値やサービス品質を高めていく取り組みも欠かせません。コンタクトセンターの声やWebサイトやSNSの口コミから改善ポイントを見極め、「このブランド、いいよね」と支持される状況をつくっていくことが大切です。

課題解決に伴走する「全方位」と「クリエイティブ」
―――クライアントが抱える課題に対して、博報堂プロダクツはどのような形で貢献していくことができるのでしょうか。
我々は「全方位コマース」という考え方のもと、コマースマーケティングに関わる幅広い領域をワンストップで支援しています。各種データの分析や課題抽出、戦略立案、具体案の設計、イベントの企画・実施、スタッフの育成支援、各種クリエイティブの制作、効果測定までフルファネル・フルチャネルで対応できる体制を整えています。
ただし、クライアントご担当者が現場で感じている課題や違和感、「こうしたい」というアイデアには、データだけでは捉えきれない重要な示唆があります。そうした声を起点に一緒に考え、動いていく。いわば共同プロジェクトとして並走する姿勢を私たちは大切にしています。
オンライン・オフラインを横断したデータ活用が進み、IDの解像度が高まることで、一人ひとりに寄り添ったパーソナライズや、顧客満足度の向上につなげていくことも現実的になっています。とはいえ、データが揃えば答えが出るわけではありません。マーケティングは過去を読み解く営みである一方、顧客や生活者は常に「これから」を見ています。
そこで重要になるのがクリエイティブの役割です。専門性を持つクリエイターとともに、データの奥にある顧客像や文脈を読み解きながら、言葉やビジュアル、体験として具体化していく。データという理性的な基盤の上に、人の感性を重ねることで、生活者の心を動かし、次の行動につなげていきます。
こうした取り組みを支えるのが、博報堂プロダクツの17事業本部の横連携や専門性同士の掛け算です。異なる専門性を持つスタッフが意見を交わし、それぞれの知見を掛け合わせながら答えを見つけ、磨き込んでいく。そのプロセス自体が、複雑化するコマース環境において重要な力になると私たちは考えています。それぞれの専門領域での知見やネットワークも活用しながら、クライアントとともに、データの先にある「次の解」を探り、実装していく。それが、博報堂プロダクツの目指す支援のあり方です。
プロフィール

- 鈴木 恭平
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データ分析・エリアマーケティング戦略立案、OMOプランニング、システム導入支援、D2Cの事業計画立案など、コマース領域のあらゆる業務に従事。実体験からの現場目線も取り入れたデータ分析と、コマース領域における“売り”をつくるための戦略立案・実行施策のプランニングを得意とする。
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