ここ数年、アニメ、漫画、ゲームに加え、映画、音楽、スポーツ、アイドル、アーティスト、ブランドなど多様なIP(知的財産)を活用したマーケティングが急速に広がっています。「推し活文化」の浸透やSNSによるファンコミュニティの可視化により、IPは単なるライセンス活用にとどまらず、企業のブランド価値形成に深く関わる存在へと進化しています。本記事では、数多くのIPビジネスに携わるデジタルプロモーション事業本部の伊藤 樹生、インセンティブプロモーション事業本部の本村 菜那に、IPビジネスの現在地と成功に必要な視点について伺いました。

「推し活文化」が広げるIPビジネスの裾野
ーIPビジネスの熱量が高まる背景は。
本村:一番の要因は「推し活文化」の浸透です。SNSで好きな作品や趣味嗜好を発信・共有できる環境が整い、ファンコミュニティが生まれやすくなりました。特に強い愛着を持つ「推し」について語ることが当たり前になり、この体験がIPへの愛着や消費行動を後押し、IPとの関わり方が多様化し、ファンの熱量が大きく広がりました。
伊藤:かつて「オタク」という言葉に閉鎖的なイメージがありましたが、今では「推し」という概念が一般化し、誰もが自由に好きなものを発信できるようになりました。これがIPビジネスの広がりにも繋がっています。また、ファンによる考察や二次創作の発信が広がり、楽しみ方が受け手から参加者へと変化しました。コミュニティ形成や公式との相互作用も生まれ、IPはファンの創造力によって文化として定着するスピードが増していると感じます。
本村:ファンの熱量や発信力の高まりは、企業のIP活用にも変化をもたらしています。以前はキャラクターを商品にプリントするだけでも成立していましたが、今では設定や背景を生かし、世界観に沿った物語性のあるコラボレーションが求められています。ファンが共感できるストーリーを組み込むことが、良好な関係性を築く鍵となっています。
伊藤:今はファンの発信力が非常に強いため、企業は味方につけることが重要です。コラボが増えた分、ユーザーの目は厳しく、表面的なものはすぐに見抜かれます。IPへの深い理解やリスペクトが伝われば、ファンは強く応援してくれます。企業には作品への深い知識・解像度・熱量が明確に求められるようになりました。
ファンが“自発的に語りたくなる”仕掛けづくり
ーIPとのキャンペーンにおいて、SNSとの相性や手応え、成功に必要な視点について教えてください。
本村:SNSとの相性は非常に良いです。例えば、とある漫画が外食チェーンのコラボ企画を実施した際、ファンはビジュアル一枚から「こういう関係性なのかも」と自然に物語を想像することがよくあります。こうした想像や考察はSNSで自発的に共有され、情報が広がっていきます。SNS上では「解釈一致」という言葉が多く見られるようになり、狙っていたニュアンスで受け取られた手ごたえを感じることがあります。IPコラボを通じてファンと共感を生む瞬間は、大きな励みになります。こうした共感が、キャンペーンの価値を高め、ファンとの信頼関係を築くうえで重要だと考えます。
伊藤:ファンの自発的な発信を促すには、作品を深く理解したうえで隠し味のような小ネタを仕込むことが重要です。「解釈一致」と共感できるポイントは、発信の強い動機になります。また、高い解像度で世界観を理解することも前提です。そのためチームの中にIPが好きなメンバーやファン目線でチェックできる人がいることは、企画の質を高める大きな強みになります。ファンの気持ちを理解し、細やかなこだわりを反映できる体制が、IP活用の成功につながると考えます。
ー日本のIPのグローバルな強みは何でしょうか。
伊藤:日本は作品数が非常に多く、国内で厳しい競争に勝ち抜いた作品が海外へ進出することが多いです。つまり、海外で人気になっている作品は、競争が激しい国内で磨かれたIPとも言えます。これが日本IPの強みであり、新規参入が難しい理由なのかなと思います。

本村:日本のコンテンツが海外で支持される理由のひとつは、ストーリー性の高さだと思います。ストーリーや世界観がしっかり作りこまれていることで、ファンの熱量が高まりやすく、人気作品の舞台を訪れる外国人観光客も多く見られます。こうした点は、日本のIPならではの強みではないかと思います。
伊藤:日本と海外ではライセンス体系や文化の違いなど、様々なハードルがあるのも事実です。日本の企画をそのまま海外に展開することは容易ではなく、契約条件や権利処理の仕組み、法規制や商習慣が異なるだけでなく、キャラクターの表現が現地文化に合わない場合もあります。だからこそIPの世界観を深く理解し、その価値を損なわないよう配慮することが重要です。版権元の意向を尊重しながら、契約条件や表現方法を丁寧にすり合わせることを大切に取り組んでいます。
ターゲット起点で考えるIP選定
―IPをプロモーションで使いたいという相談で、よくある課題感はどのようなものがありますか。
伊藤:以前は「話題のIPとコラボレーションして売上を伸ばしたい」という相談が多かったのですが、最近はターゲット層を明確にしたうえで「その層に最適なIPはどれか」という選定段階から相談されるケースが増えています。人気のIPでも、企業にとって最適なコラボレーションになるとは限らず、IPのファン層と企業が狙う購買層が一致しなければ、話題性があっても売上やブランド価値向上にはつながりません。私たちは人気だけで判断せず、市場規模やファン層の属性、過去事例などのデータ(数値や根拠)をもとに「なぜそのIPなのか」を明確にして提案しています。
本村:最近は、ターゲット層にあったIPの提案に加え、長期的にブランドを一緒に育てられるIPを提案してほしいという要望も増えています。単発でコラボレーションを繰り返すと、ブランドイメージの一貫性がないと受け取られるリスクがあります。相性を見極めながら、ブランド価値に寄与できるIPを提案することを重視しています。
ーIPを提案する際、どのような基準を重視していますか。
本村:大きく分けると3つあります。一つ目は「ブランドとの親和性」。作品の世界観やメッセージが、企業ブランドとしっかり噛み合うかどうかです。これは、わたし自身もっとも重要視している点です。2つ目は「ファンコミュニティの熱量」。単にファンの数だけでなく、熱量が高いほどSNSでの自発的な発信が生まれやすく、コラボレーション企画がより盛り上がります。
3つ目は「企画の柔軟性」。版権元の方針によって世界観に手を入れられない場合もあります。たとえば「キャラクターに企業の制服を着せられない」など、できることやできないことが明確に決まっているケースもあります。クライアントの要望と版権元の意向、その両方のバランスを丁寧に見極めることが重要です。
伊藤:人気があるIP=成功するとは限りません。重要なのは、クライアントのターゲットとIPのファン層が噛み合っているか 。ファンがその作品にどれだけ思い入れを持っているか。さらに、クライアント側だけでなくIP側にもメリットがあるか 。双方の目的が合致したときに良いコラボレーションが成立します。
ーファンコミュニティの太さは、どのように測るのでしょうか。
本村:ひとつの重要な指標は「物販の購買力」です。IPは人気でもグッズが売れない作品もあり、キャンペーンを実施しても成果が出にくい傾向があります。熱量の高いファン層がついているIPは、グッズ展開も成功しやすくキャンペーンの効果も高まります 。
購買力のあるファン層はSNSでの発信力も強く、ブランド認知やトレンド形成に大きな影響を与えます。こうした購買力と発信力を兼ね備えた層と親和性のあるIPを選ぶことが、キャンペーンの成功に直結します。

ー社内メンバーの知識や情熱は、企画にどのように生かされていますか?
伊藤:仕事として関わるメンバーの中に、そのIPを好きな人がいることは強みです。最近は、“個人の推し”が仕事につながるケースも増えています。チームを組む際も「このジャンルならこの人が詳しい」と、それぞれの推しを参考にアサインすることがあります。こうした個性や熱量を活かせる場面は、確実に増えていると感じています。
ブランドの見方を変える、IPの可能性
ーコラボレーションによって、「ブランドの見られ方の変化」はどのような意味がありますか。
伊藤:一見、接点がなさそうなブランドとIPを組み合わせることで、意外性のある価値が生まれます。このギャップが双方の柔軟性を際立たせ、「このブランド、こんな作品とも組むんだ!」といった驚きを生みます 。そこから共通項が見つかり「このブランドはこういう価値観も持っていたんだ」と、新しい一面に気づいてもらうことができます。
本村:交わることのなかった企業とIPがコラボすると、新しいファンが生まれることがあります。過去の外食チェーンとIPのコラボ施策では、キャラクターがどんな商品を好み、どんな食べ方をするかまで紹介。その結果、「推しキャラが食べる商品を初めて食べてみた」という声が多く寄せられました。これは、IPを介してブランドとの新しい接点が生まれたことを意味します。ファンにとっては“推しと同じ体験をする”という特別な価値があり、その体験がブランドへの好意や興味につながります。
ーこうした取り組みを「話題作りだけで終わらせない」ためには、どんな工夫が必要でしょうか。
伊藤:コラボレーションを一過性の話題で終わらせないためには、企業ブランドとIPが記憶として結びつくことが重要です 。「あの企業は、自分の推しとあんな面白いことをやってくれたよね」と、後から思い出してもらえるかどうかがポイント 。人気IPはタイアップが多いため、どれだけ差別化した驚きを生み出せるかが鍵になります 。こうした体験が、新たな興味喚起やブランドの見方の変化につながります。
本村:コラボレーション企画が話題作りだけで終わってしまうと、効果は限定的です。売上も重要ですが、それ以上に重視しているのは、ブランドにどんな声が生まれたか、協業先の企業との信頼関係が深まったのかという点です。そこにこそ、コラボレーションの本質的な価値があると考えています。
鍵となるのはIPへの「愛」
ー今後、IPと企業の関係性はどのように変わっていくと思いますか。また、これからコラボレーションに挑戦しようと考えている企業にむけてのアドバイスをお願いします。
本村:これから先、IPと企業による共創はさらに活発になると考えます。これまで「楽しさ」「エンタメ性」を軸に展開されることが多かったのですが、これからはそこに企業ブランディング、ステークホルダーとのコミュニケーション、さらには社会的な意義を付加する動きが重要になっていくと思います。例えば、国際的なイベントなどでは、IPを媒介として社会課題をわかりやすく伝える取り組みが始まっています。IPが単なる「楽しいもの」ではなく、意味やメッセージを届ける存在へと進化していくことを示しています。
伊藤:IP活用は、ビジネス戦略として有用な選択肢です。しかし、それは売上や拡散といった指標だけで成立するものではありません。そこには「好き」という純粋な感情が深くかかわっています。この感情こそが、他のプロモーションにはない、IPならではの魅力です。「推し」や「愛」といった人間らしい感情が働くことで、思いがけない成果や副産物が生まれることもある。だからこそ、IPビジネスはロマンがあり、挑戦しがいのある領域だと感じています。
本村:私たち博報堂プロダクツは、企画から制作、実行までを担う多様な領域のプロフェッショナルが在籍しており、IPの提案からキャンペーンの設計までを一気通貫で実行できる強みがあります 。活用するIPに対して深い理解と愛を持つメンバーでチームを組めるのは、私たちならではの特徴だと思います。

ーIPビジネスを持続可能なものにするために、企業が持つべき視点や姿勢はどんなものでしょうか。
本村:それはズバリ「愛」です。版権元、クライアント、私たち。三者が同じ熱量と愛を持っていないと、良い企画は生まれません 。みんなが同じ方向を向いて、愛を持って共創することが大切です。
伊藤:本村の言う「愛」に加えるなら「リスペクト」です。IPを「使う」ではなく「一緒に歩むパートナー」であることが重要だと考えます。クライアントが自社のメリットだけでなく、IPにどんな価値を返せるか。作品やファンにどんな貢献ができるのか。そうした視点を持てば、IPともビジネスパートナーとして良い関係を築けますし、結果としてより良質な案件が生まれると考えています。
プロフィール

- 伊藤 樹生
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2020年入社。プランナーとしてWeb・SNS等のデジタル系施策やリアルイベント等の企画提案をはじめ、クリエイティブディレクションや映像制作など、制作領域まで幅広く対応している。生粋の特撮オタクで、エンタメや推し活に関する知見を活かした、ファンの熱量を効果的に作用させるIPコラボ施策を得意分野としている。

- 本村 菜那
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2020年新卒入社。インセンティブ領域におけるキャンペーン設計から景品の企画製造調達までプロデューサーとして管理し、年間400万個以上のグッズを製作。IPビジネスに注力し事業部内ではプロジェクトリーダーを担当。キャラクターやアニメなど幅広いコンテンツのコラボ案件において、アプルーバル業務などを含めた全体統括を務めている。
