インクルーシブ社会のあり方について注目が集まっています。本記事前編では、クリエイティビティを活かしたDE&I実現に向けて、一人ひとりの「ACTION」創出につなげていくために開催された「博報堂DYグループ Diversity Day 2024―「インクルーシブな社会」を知ろう、話そう。―」の登壇者それぞれの取り組みについてご紹介しました。前編に続き後編では、「生活者発想」を掲げる博報堂DYグループならではの3つのテーマで行われたパネスディスカッションを通じて、実践に向けたポイントについて掘り下げます。
登壇者:
垣内俊哉氏 株式会社ミライロ代表取締役社長 日本ユニバーサルマナー協会代表理事
松尾俊志氏 SUPERYARD株式会社 副社長
内田成威 株式会社博報堂プロダクツ MDビジネス事業本部 プロダクトデザインチーム クリエイティブディレクター
ファシリテーター:
奥村伸也氏 株式会社博報堂 ストラテジックプランニング局 マーケティングプランニングディレクター
「生活者発想」でインクルーシブな考え方を取り入れるために
奥村:ここからは3つのテーマでパネルディスカッションをしていきたいと思います。まずは、【グループポリシーである「生活者発想」に障がいや特性のある人たちが排除されないようにインクルーシブな考え方を取り入れるためには?】についてです。
松尾:僕は、「生活者発想を正しく使う」ことが重要だと考えています。どういうことかというと、「生活者発想」の原点は、消費者ではなく生活者として物事を捉えるという考え方にあります。消費者というのはその人の一側面に過ぎず、一面的に見るのではなく、その人の消費以外の時間や行動にも焦点を当て、解像度を立体的に高めていくことが重要だと思うのです。
たとえば、コンビニで女性が何かを買ったという事実だけを見ると、それは単なる消費行動に見えます。しかし、生活者発想で深掘りすると、その女性には小さな子どもがいて、買い物を早く終わらせる必要があった、という背景が見えてきます。このように、物事の背景や文脈を考慮する視点が「生活者発想」の本質だと思います。
これを障がい者の方に当てはめると、障がいという特徴だけに注目するのではなく、その人も一人の生活者であるという視点を持つことが大切です。その人の生活全体を捉え、背景や文脈を理解することで、より包括的な支援やデザインが可能になるのではないでしょうか。
内田:僕は「知る&そして理解する」ということが非常に重要だと考えています。今日、色覚特性を持つ当事者としてお話しさせていただきましたが、自分の特性や障がいについて、まず周りの人に知ってもらい、理解してもらうことがとても大切だと感じています。知ってもらうためには、僕らが伝え続ける努力をする必要があります。ただ、特に色覚特性のような感覚的な違いを伝えるのは非常に難しいです。色の見え方や感覚の差異を言葉で説明するには限界があります。以前はその部分で苦労することも多くありましたが、最近では色覚特性の見え方をシミュレーションするアプリやツールが登場しており、それらを活用することで共感を得たり、理解を深めてもらったりする機会が増えました。これにより、自分の特性を正しく伝えることが容易になり、多くの人に受け入れてもらえるようになったと感じています。
こうした理解が進むことで、インクルーシブな発想や新しい企画、アイデアが生まれるきっかけになります。そのため、まずは「知ってもらう」「理解してもらう」というステップが何よりも大事だと思います。この点を今日のメッセージとしてお伝えしたいです。
垣内:私は「定量化」という視点を挙げたいと思います。障がいのある方のために何かをしようと考える際、わかりやすい例としてエレベーター、多機能トイレ、スロープといった施策が挙げられます。しかし、日本に約1165万人いる障がい者のうち、車椅子を利用されている方は1割弱と言われています。つまり、残りの9割の障がい者の方々については、十分に考慮されているのかという疑問が残ります。たとえば、色覚特性を持つ方々について考えると、日本には約320万人いると言われています。このように、多様な障がいや特性を持つ方々の実情を把握するためには、しっかりとデータを集める必要があると考えています。従来のアクセシビリティ、バリアフリー、ユニバーサルデザインといった取り組みでは、地域の方や障がい者の方々の声を5人や10人、多くても車椅子ユーザー20人程度に聞いたりするケースが主流でした。しかし、それだけではマーケティングとして十分とは言えないのではないでしょうか。本当に求められているもの、本当に必要とされるものを作りたいのであれば、1000人、1万人規模の声を集めることが重要だと思います。私が求めていることと、たとえば女性の車椅子ユーザーが求めていること、さらに最近車椅子を使い始めた方が求めていることは、それぞれ全く異なります。そのため、「障がい者」や「高齢者」といった大きなくくりで捉えるのではなく、目の前にいるその人が何を求めているのかに目を向ける視点が必要だと思います。
奥村:博報堂DYグループの「生活者発想」という言葉には、障がいのある方々を含め、あらゆる人の気持ちを考えようという意味が込められているのではないかと感じます。ただ、その中で障がいのある方々の視点がまだ十分に取り入れられていないのではないかという課題もあります。この点について、みんながより意識的に捉えることが重要だと思います。障がいのある方は日本国内に約1000万人いると言われています。これはもはやマイノリティではなく、日常生活や仕事の中で当たり前に考慮すべき存在です。こうした声を積極的に集め、取り入れていくことが重要だと思います。
障がいや特性のある人が社会・企業に求めていること
奥村:つぎのテーマは、【インクルーシブデザイン、アクセシビリティが注目されているなか、障がいや特性のある人が社会・企業に求めていることは?】についてです。
内田:私は「一過性の動きにしない!」ことだと思います。インクルーシブデザインやアクセシビリティは、社会やデザイン分野において非常に重要な考え方です。だからこそ、これを流行のような一過性の取り組みで終わらせてはいけないと強く感じています。
また、私たち自身が声を上げ続けることも大切です。同時に、障がいや特性を持つ方々が自分の意見を発信しやすい環境や風土を、企業や社会が整えることが必要だと思います。このような継続的な取り組みが、インクルーシブな社会の実現に繋がるのではないでしょうか。
垣内:私は「見える化」が鍵だと考えています。素晴らしい活動をしていても、それを発信していない企業が意外と多いように感じます。中には「完璧でなければ発信できない」と考える企業もありますが、それでは一歩目が踏み出せません。一歩でも二歩でも進んだのであれば、「こんな取り組みを始めました!」と積極的に発信してほしいと思います。その結果、他の企業にも「あそこがやっているならうちも」という形で取り組みが広がり、波及効果が生まれるはずです。また、「まだここはできていませんが、こう対応していきます」といった未完成の部分も発信することで、企業の姿勢が伝わり、障がいや特性のある方々に安心感を与えられるのではないでしょうか。
クライアントの事業成長のための私たちの役割とは
奥村:皆さんにとっても非常に勇気づけられる言葉だったかなと思いました。3つめのテーマ、【クライアントの事業を成長させる存在として、ひいてはインクルーシブな社会実現のために、博報堂DYグループが担うべき役割とは?】について、一言ずつお願いします。
内田:「気づきをカタチに!!」と書きました。一人ひとりが抱える問題や特性は非常に複雑で、多面的な課題が絡み合っています。しかし、その中には新しいものを生み出すチャンスやきっかけが隠れていることも多いと感じています。まず、対話を通じて気づきをみんなで発見し、その気づきをアウトプットに変えていくこと。世の中には素晴らしいものや面白いものを生み出せる人がたくさんいます。そうした人たちと協力しながら、一人ひとりにフィットしたデザインやプロダクトを作れば、その人の周囲もハッピーになる。そして、その動きを広げていくことで、社会全体にポジティブな波及効果が生まれると信じています。
松尾:私は「人を生活者として捉える」ということが重要だと考えます。たとえば面接で不採用となった人が、後に顧客やパートナー企業の一員になることもあります。このように、特定のフェーズだけで切り取るのではなく、「この人は将来的にどこかで私たちの事業に関わるかもしれない」という視点を持つことが大切だと考えます。応援してくれるファンや協力者、あるいはSNSで炎上したときに擁護してくれる人になる可能性もある。直接的な消費行動だけでなく、さまざまな形で事業の成長を支える存在として人を捉える視点が、これからの企業に求められると感じます。その象徴的なところに障がい者がいるのではとも思います。さらに、もうひとつ「役割一面で語られすぎる社会は息苦しい」とも考えています。障がい者という役割だけに縛られるのではなく、その人が持つ多面的な役割を大切にすることが重要です。たとえば、あるときは仕事の一員として、またあるときは父親として、さらにあるときは仲間と喜びを分かち合う一人として、それぞれの面があるはずです。一面的な見方にとらわれない社会を目指すべきだと思います。
垣内:私は、シンプルに「儲ける」ことが重要だと考えます。売り上げを上げる、コストを下げる、いろいろな形で経済的なメリットを生み出すことが重要です。なぜなら、企業が持続的にインクルーシブな取り組みを行うためには、経済的な成功が欠かせないからです。博報堂DYグループとしても、まずはクライアント企業にしっかりと儲けてもらうことが必要だと思います。
私の家系では、障がいが明治時代から受け継がれており、当時は学校に行くことも働くこともかなわない状況でした。しかし今では、学び、働き、買い物や食事、旅行を楽しむことが可能になっています。だからこそ、誰もが「行きたい」「楽しみたい」と思える社会を作り、それが新しい良い循環を生むことが大切だと考えます。経済的な価値を追求することが、結果的に障がい者を含めたすべての人が生きやすい社会を作る原動力になると信じています。
最後に登壇者からメッセージ
松尾:もしかしたら、今日のテーマを少しハードルが高いと感じた方もいらっしゃるかもしれません。「いろいろなことを勉強しなければいけない」「たくさんの知識を持たなければならない」と感じる部分があったからだと思います。でも、私が強調したいのは、まずは気軽に人と話をしてみることです。最初からすべてを理解しようとするのは、障がいがあるなしにかかわらず、とても大変なことです。まずは、「この人とは普通に働けそうだな」と感じるような、軽い付き合いから始めることが大事だと思います。カジュアルに考えて、自然に慣れていってもらえたら嬉しいです。
内田:今日は、当事者としてお話をさせていただき、ありがとうございました。やはり、すべての始まりは「知ってもらうこと」だと感じています。1人ひとりの多様性や特性の違いを理解することが、何かを始める最初の一歩ではないでしょうか。知ることから始まり、みんなで考え、そこからクリエイティブな何かを生み出していく場を作れるのではないかと期待しています。ここから、私たちの考えを共有しながら歩んでいくことで、より良い未来が築けると思うと、とても嬉しい気持ちです。
垣内:皆さんのお仕事は、多くの企業を導き、その先にいる多様な生活者の方々の生活を大きく変える力を持っています。だからこそ、多くのことを感じ、しっかりと周囲に伝える役割を担っていただければと思います。そして、それが単なる「社会的に良いこと」で終わるのではなく、しっかりとビジネスとしての「儲け」に繋がるアプローチであることが大切です。ビジネス視点を持ちながら、多様性と向き合い、それを実践していただけると良いと思います。
また、ユニバーサルマナーの実践を通じて、博報堂DYグループの皆さんには、仕事の場面だけでなく日常生活や街中でも、その理念を広げていただきたいです。そして、未来を担う子どもたちにも手本となるような行動をしていただけることを願っています。
博報堂プロダクツには、さまざまなキャリアを持った社員、育児や介護をしながら働く社員、 障がい者や LGBTQ + など、属性、価値観 、ライフスタイルの異なる社員が働いています。今後も、一人ひとりの違いを魅力として捉え、ちからに変えていくカルチャーを目指して取り組んでまいります。
『「インクルーシブな社会」を知ろう、話そう。』登壇レポート前編はこちら