写真左から、百々 新(フォトクリエイティブ事業本部)、賀内 健太郎、松岡 芳佳(映像クリエイティブ事業本部)、藤田 雅奈(REDHILL事業本部)、宮城 洋祐(映像クリエイティブ事業本部)
※プロフィールはこちら
博報堂プロダクツでは、従来の広告表現の限界を超えて新たな映像表現を追求するプロジェクト「Next Film Lab.」を2019年に発足。同プロジェクトが手がけたドラマコンテンツの3作目となるのが、WOWOW連続ドラマW-30「にんげんこわい2」。
制作を担当した映像クリエイティブ事業本部、フォトクリエイティブ事業本部、アバン編集を担当したREDHILL事業本部のメンバーに、CM映像制作との違いや、作品の「圧倒的な映像美」がどのような撮影技術でつくられたのか、そして博報堂プロダクツの社内横断プロジェクトが手掛ける映像作品がどのような未来を切り拓いていくのかについて話を聞きました。
【目次】
■写真撮影、CM撮影の技術と経験が生かされた「圧倒的な映像美」
WOWOW連続ドラマW-30「にんげんこわい2」オフィシャルサイト
■映像、写真、編集のプロが描く異色の人間ドラマ
――シリーズ続編となるWOWOW連続ドラマW-30「にんげんこわい2」が制作されたきっかけを教えてください。
宮城:最初の「にんげんこわい」の企画が立ち上がったのは2021年でした。古典落語をベースにしつつ現代の感覚を取り入れた新感覚落語ドラマとして企画され、映像美を追求するために当社にお声をかけていだきました。シーズン1が評価され、続編となるシーズン2の制作依頼もいただきました。
――そもそも落語をコンセプトとしたドラマの企画がなぜ生まれたのでしょう。
賀内:従来のドラマでは描ききれない、落語ならではの人間観察を活かした、これまでなかったドラマの実現だと思っています。原作著作権なしのオリジナル、自由に使えるストーリーも豊富です。また、落語に登場する人々は映画に登場するような“ヒーロー”ではなく、人間の不条理さや愚かさを含めたリアルな姿を“業(ごう)の肯定”として描かれているのがドラマとしても魅力だと感じました。とはいえ、シリーズを通して、物語の舞台である江戸時代の生活を再現し、時代考証に忠実な「時代劇」を作るのではなく、花魁の仕草や話し言葉以外では、特定の時代を強調することは意図的に行っていません。
また、シーズン1では、“女性の鋭いこわさ” “男性の愚かさ”が隠されたもう1つのテーマでしたが、シーズン2では、“人間関係の底深さ、複雑さ、不可解なまでの妖しいところ”と深化・進化させ、バリエーションを増やし、夏にふさわしい少しヒヤリとするような人間模様を描いています。その意味では江戸時代でありながら江戸時代ではない、現代の私たちにも共感できる内容になっています。その絶妙な人情の機微を表現するには、演者さんたちの高い演技力が必須です。従来にない人間把握の能力が求められ、俳優にとっても魅力的な表現領域となり、今回のシーズン2でも豪華なキャスト陣の参加が実現しました。これは、脚本はもちろん、前作シーズン1を評価いただいた結果でもあります。
宮城:「にんげんこわい2」はシーズン1から内容をバージョンアップして、エピソードも1話増やした5話構成のオムニバスとなっています。制作チームとしては、初回放送の「紙入れ」では松岡さんに初監督を務めてもらい、アバン編集を藤田さんにお願いするなど積極的に若手を起用しています。
――「アバン編集」とはどのようなものでしょうか。
藤田:ドラマのオープニングやタイトル画面が表示されるまでに流れるプロローグシーンを「アバン」と呼びます。アバン編集は視聴者の興味を惹くために、本編から印象的なシーンを短く切り出して構成するのが一般的ですね。
――いわゆる予告編とは目的が異なるのですね。
藤田:はい。予告編は次のエピソードの大まかな内容を伝えるものですが、今回のアバンにはシリーズを通した本編映像の見どころを伝える役割がありました。ところが、制作スケジュールの都合もあって、本編の撮影済みのシーンがすべて揃っているとは限りません。そうした制約のもとで作業を進める難しさもありますが、作品の魅力を伝えることにはそれを上回る楽しさがあると思っています。
――松岡さんにとっては、「にんげんこわい2」の初話の監督ということでプレッシャーもあったのではないですか。
松岡:私はシリーズ2から参加し、担当した「紙入れ」も今回のシリーズの中で最初の撮影でしたので、他の現場の見学などもできず、慣れないタスクと向き合うことになりました。普段の広告映像の仕事では監督が撮影スタッフを指名することが多いのですが、「にんげんこわい2」のプロジェクトでは初対面のスタッフがほとんどという違いもありましたね。
――ドラマ映像の監督、しかも落語の映像化というユニークなテーマですね。
松岡:「紙入れ」の脚本を理解するために、江戸時代の恋愛観や不倫に対する当時の社会ルールについても学ぶ必要がありました。また、ドラマの演出についても広告の仕事とは進め方が大きく異なります。脚本を読み込んできた役者の皆さんと話し合いながら理解を一緒に擦り合わせながら深めていく過程はとても面白く、自分の理解度や解釈の深さを問われる経験はとても勉強になりました。役者さんとのこのような向き合い方をすることは、今までの広告映像の現場では行われていませんでしたが、この経験は今後のCM制作に活かすことができると思います。
■写真、CMの技術と経験が生かされた「圧倒的な映像美」
――ドラマ映像制作が専門ではない博報堂プロダクツでは、映像に対してどのような点を重視して取り組みましたか。
賀内:僕たちが育ってきた広告の世界では、写真でも映像でも「ルック(映像における光のコントロール)」へのこだわりが強いと思います。最初はルックにそこまでこだわらなくてもいいと言われていたのですが、「にんげんこわい」の世界観や空気感を表現するために通常のドラマに比べてルックを意識していたと思います。今回のシリーズ2でも、「圧倒的な映像美」との評価をいただき、映像業界的にも博報堂プロダクツが制作する映像のルックの強さが認識されてきたのではないかと感じます。
――映像のルックの強さはどのように表現されたのでしょう。
百々:撮影で言うと、まず機材の選定が重要となります。ハリウッドをはじめ、グローバル規模での映像業界で標準的に使われている「ALEXA Mini」というカメラを「にんげんこわい」のためにフォトクリエィティブ事業本部で導入し、美しく柔らかい空気感を捉えるために「Flower Lens」という前玉レンズのコーティングを剥がした特殊なレンズを用いて撮影しています。
――映像の強さ、美しさは随所で感じました。「笠碁」の話では、松重豊さん演じる御隠居が碁盤を目の前にして指のささくれをむしる映像表現や、降り続く雨の変化や臨場感のあるサウンドも印象的でした。
百々:これは「マクロプローブレンズ(虫の目レンズ)」という、昆虫など小さな被写体をクローズアップ撮影するための細長いレンズを使用しました。
賀内:実は、指のささくれは特殊メイクをする予定だったのですが、松重さんから「これ(ささくれ)あるんで、むしっていい?」と聞かれて本物のささくれを一発撮りで撮影したのです。もしかしたら、あれは松重さんがわざとささくれを作ってきてくれたんじゃないかと思っています。
賀内:シリーズ1での雨のシーンの撮影は、博報堂プロダクツのスタッフが総出で脚立に登って雨を降らせていましたが、今回は雨を降らせる特殊効果のプロフェッショナルにお願いしたことで雨の強弱などを繊細かつ効果的に付けることができました。水溜りや石段を打つ雨、木々や葉っぱを濡らす雨、菅笠を伝い落ちる雨の雫や、近くの雨と遠くの雨での遠近感の出し方など、「笠碁」の雨は、意地を張り合う2人の寂しさや嬉しさを表現する効果としても利用しています。
「笠碁」撮影風景
■広告映像の枠を超えて「答え」のない領域に挑む
――広告映像とドラマ映像の一番の大きな違いは何でしょう?また、このようなドラマ映像への取り組みが今後の広告映像の作品にもたらす効果などはありますか。
百々:僕は普段写真をメインで撮影しているため、アングルを切る際に写真を撮る時と同じように誰の目線のどんな気持ちに寄り添うかといった視点を大切にしています。映像も僕の中では連続写真を撮っている感覚なので、考え方の基本が変わることはありません。ただし、そこに違いがあるとすれば、映像には時間という尺があるため、一コマ一コマの情報量が多くなることをいかにコントロールするか、視聴者が探究心を無くさないように説明的な要素を選択することが必要だと考えていますね。
宮城:「にんげんこわい2」はNext Film Lab.としては3作品目のドラマとなりますが、毎回「答えのない課題に対してどう向き合うか」について考えさせられますね。正解がないことによる葛藤の中で、チームが最大のパフォーマンスを出すにはどうすれば良いかを常に考えています。これはコンテンツ制作の話だけではなくて広告においても同じことが言えます。広告には決められた型や正解があるのだと決めつけない姿勢が重要だと思います。
賀内:「にんげんこわい」シリーズは、もともと映像クリエイティブの新たな可能性を追求するために2019年に発足したNext Film Lab.という社内横断プロジェクトから生まれた企画です。プロジェクトの目的は最新の撮影・編集技術の研究開発を通じて、これまでの広告映像とは異なる映像表現を生み出すことをめざしています。以前は、映像クリエイティブ事業本部の映像監督とフォトクリエイティブ事業本部のカメラマンが連携することはあまりなかったのですが、「にんげんこわい」ではそれを実現しています。このような取り組みを通じてNext Film Lab.が、社内の繋がりを生むプラットフォームとしてさらに機能するようになれば、それは会社全体としての価値を向上させる大きな成果に繋がると思っています。
「品川心中」撮影風景
■「にんげんこわい2」各話概要
「第1話 紙入れ」監督=松岡芳佳
得意先のおかみさん(吉田羊)のもとへ約束の品を届けに来た小間物屋の新吉は、偶然おかみさんと旦那の営みをのぞいてしまう。あくる日、再び商品を持ってきた新吉の懐に、手紙をそっと滑り込ませるおかみさん。それには「明日の夜は旦那の帰りがないから、顔を見せにいらして」とある。翌晩、新吉は、旦那がくれた財布にその手紙を入れておかみさんを訪ねてしまうのだが……。
(出演:吉田羊 金子大地 村上淳)
「第2話 品川心中(上)」撮影=百々新
品川遊廓の看板花魁(おいらん)・お染(吉岡里帆)は、一番の売れっ子だったが、次第に客がつかなくなった。遊廓の祝い日のために金が必要だが、それも用意できない。恥をかきたくないお染は、店に出入りしている貸本屋の金蔵に心中を持ち掛ける。独り者で貧乏な金蔵は心底お染に惚れていて、心中に誘うには好都合の相手。品川沖に身投げしようと桟橋までやって来たものの、金蔵はやはりやめようとお染にすがり付く。
「第3話 品川心中(下)」撮影=百々新
心中し損なった花魁(おいらん)・お染(吉岡里帆)は、何事もなかったかのように遊郭で客をとっている。一方、金蔵の身に起こったことを知った親方と弟子の二郎は、冷酷なお染に仕返しして一泡吹かせてやろうと、品川遊廓へとの乗り込んでくるのだが……。
(出演:吉岡里帆 井之脇海 吉村界人 松浦祐也 伊勢志摩 岩松了)
「第4話 鰍沢」監督=賀内健太郎
好奇心に任せて諸国を放浪している旅人(岡田将生)は、誘い込まれるように不思議な雰囲気の川を渡ってしまう。道に迷い、飲み水もなく旅人は力つき倒れ込む。やがて目が覚めるとそこは見知らぬ山小屋で、お熊と名乗る女性がひとり。妖しい空気をまとうお熊は、旅人が江戸で出会った月の兎花魁(つきのとおいらん)によく似ている。思わず問い詰めてしまった旅人に、お熊は、温めた卵酒を勧めるのだった。
(出演:岡田将生 松本若菜 芦澤興人 武谷公雄)
「第5話 権助提灯」監督=賀内健太郎 撮影=百々新
月明かりのない不気味な夜、商家に仕える飯炊きの権助(安田顕)は、提灯を持って若旦那のお供をするように命じられる。妻・そよが心配して、若旦那にめかけ・りんの家へ行ってあげてと頼んだのだ。しかし、正妻の情けは受けたくないとりんは家に入れてくれない。仕方なく自宅へ戻ると、今度はそよもうちに入れてくれない。眠気に襲われる権助と、若旦那の長〜い夜が幕を開ける。
(出演:安田顕 大鶴佐助 穂志もえか 橋本マナミ)
「第6話 笠碁」監督=賀内健太郎 撮影=百々新
近江屋の隠居(松重豊)と、相模屋の隠居(伊東四朗)は、碁を打っている間にいさかいになったらしい。ほかに碁を打つ相手のいない近江屋の隠居はひとりで碁を打って時間をつぶす。一方、相模屋の隠居は碁会所に出かけてみたものの、周りから煙たがられてしまう。外は雨、傘のない2人。ぬれそぼり、互いの家へ様子を見に行ってはすれ違う。いまいましい相手なのに、碁を打ちたい気持ちばかりが募る……。
(出演:松重豊 東野絢香 村上穂乃佳 岡部ひろき 伊東四朗)
【プロフィール】
百々 新(どど・あらた)/フォトクリエイティブ事業本部 クリエイティブUnit部長
1974年大阪出身 1999年写真集『上海の流儀』(Mole)、2000年日本写真協会新人賞 2012年写真集『対岸』(赤々舎)、 2013年第38回木村伊兵衛写真賞 2017年第70回カンヌ国際映画祭エキュメニカル賞受賞(映画撮影監督作品『光』河瀬直美監督にて)、2018年写真集『鬼にも福にも-もうひとつの京都-』(赤々舎)、2019年『WHITE MAP-ON THE SILKROAD-』(Case Publishing)、2022年写真集「Dream Boat」( Case Publishing 親子共著)
宮城 洋祐(みやぎ・ようすけ)/映像クリエイティブ事業本部 ラインプロデューサー
2013年博報堂プロダクツ入社。
広告制作の傍ら、映画・ドラマ好きが高じて本作で3作目となるドラマ制作に携わる。
賀内健太郎(かうち・けんたろう)/映像クリエイティブ事業本部 企画演出部 部長/シニアディレクター
「らしさ」を引き出し、加工することで強い映像をつくる。強烈な世界観から可愛いCM、重厚な企業広告までマルチなジャンルに対応可能。最近ではドラマの演出を手がけるなど人物描写が得意。苦手なジャンルはない、完全なオールマイティ。恐ろしく頭の回転が早く仕事も早い。
松岡 芳佳(まつおか・よしか)/映像クリエイティブ事業本部 映像ディレクター
2017年博報堂プロダクツ入社。短編映画「ただの夏の日の話」に続き、本作は長編2作目となる。CM作品の他にもMV作品も多数演出。
藤田 雅奈(ふじた・まさな)/REDHILL事業本部 エディター・モーショングラフィッカー
2000年大阪出身 2020年博報堂プロダクツ入社。CM、MV、サイネージ、ライブ/イベント映像など、幅広いジャンルでモーショングラフィックスを制作。幼少期から映像に触れてきたことで得た膨大なインプットで、さまざまな作風に対応する。
参考)
・WOWOW連続ドラマW-30「にんげんこわい2」オフィシャルサイト
・博報堂プロダクツ、WOWOW連続ドラマW-30「にんげんこわい2」を制作 落語から生まれた5つのこわい物語。新感覚落語ドラマ 第2弾! 2023年8月11日(金)より、放送・配信スタート!(プレスリリース)