企業がSDGs17の目標達成に向けた動きを加速させる中、プロモーションを含む企業活動において、サプライチェーン全体をいかにSDGs化するかが喫緊の課題となっています。従来重視されてきたものづくりのQCD(品質・価格・納期)の中で、最重要と言われる「品質」の条件に、環境・人権・地域といった新しい視点を、いかにうまく取り入れていくかがカギとなります。ノベルティ製作の品質を守り続けて20年、ありとあらゆる素材を扱うプレミアムグッズの品質保証スペシャリスト鬼塚博が、これからの時代に求められる、ものづくり品質のあり方と可能性について語ります。
鬼塚 博
プレミアム事業本部(品質保証部責任者)
理系の大学(工学部)卒業後、主に繊維製品を扱う商社の品質管理室に配属され、アパレル製品やテキスタイル、和装品など、繊維製品の試験、品質管理、事故・苦情対応を16年間担当。2001年に博報堂プロダクツの前身であるHIP(博報堂インセンティブプロモーションズ)に入社。以来プレミアム製品を主体に品質管理業務を担い続け、現在に至る。
目次:
ー 「環境」「人権」「地域」という視点が加わる、これからの品質基準。
ものづくりのプロセス全体の品質を守る仕事。
—キャンペーンノベルティなどプレミアムグッズの品質保証というのは、どのようなお仕事なのでしょうか。
プレミアム事業本部では、多種多様なプレミアムグッズおよび販売品を製作しており、品質保証部が扱う素材は、バッグやアパレルをはじめとした繊維製品、フィギュアやおもちゃなどの樹脂を使用した成型品、ガラスや陶磁器、金属製品、木材、食品など多岐に渡ります。あらゆる素材の特性と製造に潜むリスクに関する知識を持って、確かな品質であることを検証し、顧客に安心安全を提供する仕事です。ものづくりの「品質」というと、完成品の品質を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、最終アウトプットだけでなく、ものづくりのプロセス全体の品質保証を担っているのが特徴です。最近では、生活者自身が、見た目の良し悪しだけでなくサプライチェーン全体を見て、購買の意思決定をするケースが増えてきているので、原料調達から生産・物流・保管・販売(納品)・消費・廃棄までのすべてのサプライチェーンにおけるプロセスを含めた品質の高さを確保することがとても重要になってきています。
<図1>品質保証の取り組み
—「品質に潜むリスク」とは、どのようなものがあるのでしょうか。
プレミアムグッズは販売品に比べ、短納期・低コストであることが多く、開発から発売までに通常1〜2年のリードタイムを要する販売品を、プレミアムグッズとして開発する場合は、数ヶ月後に納品するというケースも珍しくありません。短納期・低コストを求めて、グローバル調達が当たり前になる中で、サプライチェーンが複雑化し、その製品がいつ、どこで、誰によって作られたかという、トレーサビリティが確保しづらい分野とも言えます。そういった生産背景でコスト削減要請を起因とした製品安全課題として、昨今、発注者が気づかないうちに使用部材が差し替えられてしまう「サイレントチェンジ」の問題が顕在化しています。例えば鍋つかみに使用する綿素材がポリエステルに差し変われば熱溶融や火傷をしてしまう可能性がありますし、食器に基準値以上の有害物質が混在すれば、人体に悪影響を及ぼす可能性もあります。販売品であろうがプレミアムグッズであろうが、ユーザーを危険に晒すことは、絶対にあってはならないことです。
見えない不良を早期発見するための2つのプロセスとは。
—「サイレントチェンジ」問題をはじめとした、目に見えない不良への対策はあるのでしょうか。
故意に部材変更されることを防ぐためには、使用禁止素材を明記した契約を交わすという方法もありますが、特に私が心がけているのは、品質の良し悪しをいち早く判断するということです。本来なら外部の検査機関へ依頼して、色が落ちるとか、強度が劣るとか、素材が仕様と違うとか、時間をかけて試験して検証するところですが、短納期であるプレミアムグッズでは、検査機関の正式結果を待っている間にモノがどんどんできあがってしまいます。判断が遅れて異常や不備が後から判明した場合は、再製造で納期遅延となりますので、得意先に甚大なご迷惑をかけるだけでなく、大量の廃棄物が発生し、資源の無駄遣いをしてしまうことになります。ですから、私たち自身のためにも、地球のためにも、可能な限り、その場その場で適切に判断できるよう強い意識を持って取り組んでいます。
—異常の早期発見のために、具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか。
早期発見のためにすべきことはたくさんありますが、私たちが特に大切にしている取り組みが2つあります。ひとつは、製造を始める前にプロデューサーと品質保証メンバー全員とオペレータが一同に会し、決定したアイテムから考えられるリスクを全て洗い出し検証する「リスクゼロ会議」です。品質上の問題のみならず、得意先視点、デザイン視点、法規視点、ビジネス視点、消費者視点など、14分類60項目を抜け漏れなくチェックをすることで、小さなリスクも見逃すことなく早いタイミングでの対処が可能となります。
もう一つの取り組みとして力を入れているのが、木場開発工房での自社試験です。私は前職で、繊維製品を扱う商社の品質管理をしていたので、中でも繊維鑑別を得意としていますが、輸送・保管時の色移りや品質の変化をチェックするための恒温槽、拡大して素材特定するための顕微鏡・ルーペ、燃焼試験器具、繊維製品の洗濯による変色などをチェックするための洗剤関係、金属材質鑑別キット、針混入や検針機対応部材かどうかを確認する検針機、炎色反応で塩化ビニル樹脂などの材質かどうかを見極める器具など、プレミアムグッズとしてよく扱うアイテムの品質を、スピーディーに簡易検査することができる設備を備えています。検証内容によっては、外部専門機関へ試験依頼し、結果に応じて判断を仰ぐなどして連携をとることもあります。
<図2>リスクゼロ会議のチェックリスト抜粋
「環境」「人権」「地域」という視点が加わる、新しい品質基準。
—「品質」の仕事をする上で、大切にしていることはなんですか?
モノは、作り手側のモノではなく、使い手側のモノです。最終的な使い手であるお客様に安心して安全に末永く愛されるモノを作り続けることが、私たちの使命だと思っています。使い勝手は良いか、つい誤ってしまいそうな扱い方でも安全性は担保されているか、取説のわかりやすさ、余計な注意表記はないかなど、消費者視点での細かな配慮ができることを目指して、消費生活アドバイザー(内閣総理大臣及び経済産業大臣事業認定資格)も取得しました。メーカーのように立場上、基準に満たないものは、すべて不合格にしてしまえば良いのですが、ある程度出来上がってしまった製品の場合、どうすれば世に出せるレベルまで品質を確保できるかということを考えるのが、私の役割です。何か不備が見つかるたびに大量廃棄していたら、コストも納期も間に合わないですし、地球環境に対しても好ましくありません。後加工による改善や、取説表記の工夫なども含め、現実的に今できることで、いかに問題ないレベルまで品質を引き上げられるかということを常に考えています。
—地球環境に対する悪影響をも視野に入れた判断があるということですが、SDGs時代の「品質」について、これまで大切にしてきた「品質」と違う点があれば教えてください。
これまで私の「品質」に対する視点は、「最終消費者に、どれだけ満足していただけるか?」が目指すべき品質レベルのベクトルでした。ところが、まさにこの数年で、従来目指してきたベクトルにSDGsが加わったことで、使い手のお客様の満足のみならず、社会に、経済に、世界に、地球に、人類含めたすべての生物に、満足していただくことが目標になりました。品質に対する視点に「環境」「人権」「地域」などが加わり、視座が広がっていくのを感じています。現状では、使い手のお客様の満足だけを考える品質は、必ずしもSDGs視点で満足される品質ではないと思いますし、逆もまた然りです。例えば、化石燃料由来の原料を減らしてCO₂削減に寄与する素材を使用した製品は、地球環境にとってプラスとなる一方で、耐熱性がない、劣化が早いなど、本来期待される消費性能が具備されていないことによる「苦情」が想定されますし、実際にそのことで回収されている事例もあります。この過渡期をいかに乗り越えるかについて、考えを巡らせていますが、Z世代の消費行動などを踏まえると、SDGs視点での「新しい品質基準」のあり方が、やがて求められるスタンダードになる日も近いと感じています。
つくる責任、つかう責任。新しいチャレンジを、ともに。
—「新しい品質基準」がスタンダードになると、工場との関わり方はどのように変化していくのでしょうか。
これまでは、各製造工程でしっかり管理ができている工場が「良い工場」というのが基本でしたが、今は、そこで働く方への待遇や労働環境、安全管理、差別や強制労働、工場が環境への悪影響を与えていないか、廃棄物や廃液の扱いなどについても、しっかり見ていく必要があります。実際、「CSRチェックリスト」で工場視察をすることも増えています。また、SDGs視点での新しい素材が次々開発されていますので、ひとつひとつ丁寧に検証を重ね、プロダクト化する際の適性を見極めていく必要があると感じています。
—生活者とのつながりの中にも、変化はあるのでしょうか。
「つくる責任」と「つかう責任」は密接に絡み合っているので、生活者とのつながりも非常に重要なポイントです。従来の品質管理視点では、苦情につながるような外観上のわずかなキズや汚れ等があるものも「不良品」と定義して、すべて廃棄することが当然でしたが、単に「多少見栄えが悪い」程度の完成品をそのまま廃棄することは、果たして、SDGsの「つくる責任」を果たしていると言えるのかどうか?という疑問が湧いてきます。製造現場において発生する重大な不良を早期に見抜き、大量回収や大量廃棄を回避すると同時に、どうしても発生してしまう軽微な不具合(性能に影響のない、わずかな傷や汚れなど)に対して「つかう責任」としての意識が変われば、より大きなインパクトにつながると考えています。これまで培った品質保証の知見とネットワークをフル活用して、作り手、使い手がともに取り組む新しいものづくりのチャレンジを、支え続けていきたいと思っています。
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